足りないものなんてないよ

”本当に足りないものなんて
実はそんなに無いんじゃない?
僕はこれだけで十分なのにこれだけじゃ駄目ですか

周りと持ち物比べて
色々と欲しくなって
人の目がそうさせるのか

これだけで十分なのに”

-BASI「これだけで十分なのに」


BASIさんて見た目こわそうなのに、歌ってる言葉はとてもやさしいよね〜。


足りないものなんてあるのかな。

結局なにもない気がするよ。

足りないって感覚はいつだって外から流れ弾みたいにやってくるもので、それは時として避けられないんだけど、でもまあ無差別テロみたいなもんだから別に真面目に受け取らなくたっていいよ。



2020年以降って、職業のありかたというものが大きく変わると思う。

もうさ、ひとつの生き方に固執する必要が全くなくなって、逆にサイドハッスルいっぱい持ってるみたいな人の方が楽しめる時代になると思うの。

勝手に新しい職業を作ってもいい。

これまでは「ひとつのことを極めて成功している」ことが成功のステレオタイプだったかもしれないけど。

案外ひとつの場所に縛られているよりも自分はコレ、という定義がない人のほうが、幸福度が高まるのかもしれない。

職業は自分です、みたいな感覚が当たり前になっていく時代だと思うんだよね。

ただそのぶん自分のアイデンティティを肩書に求めることはできない。

でもこれまで何でも屋みたいなノリで生きてた人にとっては生きやすくなる。


私なんて永遠に何でも屋みたいな生き方しかしてきてないんでね、今まではなんかそういうのに劣等感とか罪悪感みたいのを感じることも多かったんだけど。

でも段々と気付いたんだけど、わたし基本的に何をしてても、「〇〇のみきちゃん」として定義されてしまうことがすごく嫌なんですよね。

フラフープのみきちゃんだろうがセラピストのみきちゃんだろうがライターのみきちゃんだろうが、起業家のみきちゃんとか投資家のみきちゃんとかホームレスのみきちゃんとかがいたとしても。

多分どれになったとしてもなんか全部違うなって思うんですよ。

そんな既存の肩書で測られるのって、なんかそんなの、呼んでる側が楽なだけじゃん?

色々省略してその人を説明するために、いくつかの語に当てはめるっていうだけでさ。
まあそれがなんであったとしても窮屈なんですよ。

だからみんなが
「職業ね、わたしはみきちゃんといって〇〇とか〇〇とか〇〇とか〇〇をやって、たまに〇〇もしてるんですけど、〇〇なんかで依頼をもらうこともあって、好きなたべものはきくらげです」みたいな、そのくらいクロスオーバーした職業の概念で、流れるように生きていける時代になるといいよね。

すでにそういう生き方をしている人も増えてきているしね。

今後はそれがただのマイノリティではなくて、社会全体の常識として受け入れられていくんでしょうよ。


いまから新しいことを5つくらい学んで、40歳までに自分だけの職業をつくりたいな。