柔らかな時間

今日も特に出かける用事はない。

仕事量はありがたいことに今月増えているので、窓から差し込む日差しの暖かさに途中気絶するなどしながら黙々と一人で仕事をこなす。

まあLaptop1台で仕事するフリーランサーは皆同じだと思うが、このスタイルはコロナとか生まれる遥か昔から我らの通常運転である。

最近に至っては仕事終わって夜出かける用事とかもないので、なんかもう携帯が必要ない気がして電源すら入れていない。

仕事の連絡はChatworkやtrello、slackとか全てPC上で完結するしLINEもメッセンジャーもインスタもPCから使えるので、常にPCの近くにいる現在の生活では携帯を携帯する必要がない。

夕方買い出しついでに散歩してて、初夏の生温い匂いにじわっとした。

湘南はふとした時に潮の匂いがする。

土地によって持っている空気感とか匂い、時間の流れ方って違うと思うが、湘南の時間はなんだか柔らかい。

ここで生まれ育った頃にはそれがよくわからなかったが、都心や海外に住んでみて今はその違いがよくわかる。

私はもう東京には住めないだろうな。

確か2年くらい前? キャンプインフェスのOff-toneでサウンドクリエイターのTriForceことシャアくんに会った時に、おもむろに言われた「みきちゃん湘南とかそっちのほうが合ってるでしょ」という言葉が今はしっくり来る。

なんかあの時のひとことが、ずっと脳裏に張り付いていた。

いやあの時もすでにしっくりは来てたんだけど。
当時は下北の近くに住んでて、都心で働いてメチャクチャ消耗して疲れ切っていた。

でも結局あの消耗経験があって私はwebライターに転向し今はどこにいてもある程度食っていけるようになったので、あの期間は必要だったんだと思う。

私の名前は美しく喜ぶと書いて「みき」と読む。

日本育ちじゃない親がなんでこんな漢字を思いついたのか謎だが、この名前は自分の役割を思い出させるよきリマインダーとなっている。

浮かれた名前をもらったが、私の人生は辛いことや心配と無縁なポジティプ一辺倒!だったかと言われたら絶対にNOである。

全部書いたらこれ読んでる人が泡吹いて卒倒するくらいには、とんでもねえことが多い人生だったと思う。

でも人にはそれぞれ役割がある。

私には大抵の人ができることが全然できない。

いやもうほんとに、子供の頃から皆ができることとかできた試しがないし、人と同じこととかマトモにできる気がしない。

しかしそんな私はいま普通に大した苦もなく、なんなら毎日柔らかな時間に多幸感すら覚えながら日々を生きている。

結局その人にしかできないことというのがあって、自分の場合はこの世の闇も全部認めたうえで、それでも美しいものとか喜ばしいことに意識を向けていくことなのだと思う。

というかそれ以外できない。

自分にできることなんて、所詮は限られているのである。

誰かみたいにスゴいことなんてできないが、ただ柔らかな時間を反復して、明日につないでいく。

それはいずれ誰かのもとに流れ着くのかもしれないし、そうじゃなくても構わない。

大事なのは私が美しさと喜びの中で生きたかどうかだけである。

今日は風が吹いている。

いちだんと潮の匂いがする。