バーチャルTinderツアー Vol.5 Tel Aviv

Noahとの会話が始まったのは4月の頭。

日本では緊急事態宣言が発令され、世界中の都市が次々とロックダウンされていき世界が突然絶望に染まりだした頃だった。

dating appsでのやり取りというもの自体もともと曖昧で、つかみどころのない会話であることも多い。
お互いの目的も素性もよくわからないままに他愛のないテキストの羅列が続くこともあるし、そもそも目的なんてなかったりもする。

ただNoahのそれは、そういうdating apps特有の掴みどころのなさとも少し違っていた。

私はTinderのパスポート機能を使って世界各地にバーチャル移動していたわけだが、この頃は私に限らず世界中の人々がアプリ上で行き来していた。
そのため例えば自分の位置情報をアムステルダムに設定していると、同じくアプリ上でアムステルダムにやってきたブラジル人とマッチする、というようなこともあった。

つまり誰がどこから来ているか、話すまではっきりとは分からないのである。

私がNoahとマッチしたのはロンドンかどこかだったと思う。
彼はTel Avivでロックダウン中だったが、誰かとの繋がりを求めてアプリ上で旅をしていたわけだ。


この頃は毎日ニュースで絶望的な報道が繰り返され、日々増えていく感染者数と死者数に誰もがナーバスになっていた。

日本よりもっと深刻な状況である土地も多かったため、私もたかだかアプリ上でのやりとりとはいえ結構くらうものが多々あった。

NYでマッチした人から
「砂漠で瀕死のカメを、君は助けるわけでもなくひっくり返して眺めてるんだな」

なんて皮肉を言われたこともある。

「100歩譲ってカメをひっくり返したのが私だとしても、世界をひっくり返したのは私だったかしら?」

と返答したけど。
(ちなみにこの人とのやり取りは案外この後も続いた)


そんな感じだったので私は初見の人と話す際には基本自分の話はあまりせず、相手の状況や1人暮らしかどうか、家族や友人はどうしているのかなど、まずそもそもその人が「いま大丈夫なのか」を尋ねていた。

実際に周りの人が亡くなっているケースもあるし、本人が羅漢していることもあれば、1人暮らしでメンタルをやられていることだってある。


ただNoahの場合は何を聞いても、のらりくらりと関係のない答えが返ってくるばかりで的を得なかった。

何かがおかしい。

いまいちノリが合わねえな、って感じならまあ返事が来なくなってフェードアウトして、って感じなのでそれも分かるが、そういうわけでもない。

いちおうぽつぽつと返信は来るのだが、どれもとりとめのないものばかりで、私のことを詳しく知りたいわけでもなさそうだし、彼の話を詳しくしてくれるわけでもない。

写真に写っている犬の名前とか、その犬の飼い主である友達の話とか、どこかずっと「核心に触れない」話を私たちは続けた。

一度「あなたの友達や家族は大丈夫?元気にしてる?」と聞いたが、そこに関しては答えなかった。

まるでこの世界的なアポカリプスから、少しのあいだ目を背けて、どうでもいい会話で気を紛らわしていたいとでも言うかのようだった。



そもそもTinderがロックダウンに合わせてパスポート機能を解放したのは、そういう意図だったと思われる。

家から出られない・他者との関わりを絶たれたというだけでなく、身近に迫りくるウイルスの驚異と、日々それを煽るメディアの報道。

人によっては経済的な困窮と先の見えない不安も重なり、まるで世界の終わりでもやってくるかのような漠然とした意識的な暗雲が、社会に立ち込めていた。

そんな時に見知らぬ誰かとの会話というのは、助けになることもある。

身近な人が相手では、お互いの心配や不安の吐露ばかりになってしまうような時。

全く素性の分からない他人のほうが、気楽に話せることもあるはずだ。



身近な友人が感染して亡くなった、とある時Noahがぽつりと呟いたのは、どこに向かっているかもわからない摑みどころのない会話を、何往復も続けた後のことだった。

それ以上は何も語らなかったし語りたくもなさそうだったし、私も聞かなかった。

むしろその言葉を聞かなくても全ては明らかだった。



イスラエルの感染者数は8月頃から再度急上昇しており、現在2度目のロックダウン中であるらしい。

今日見たニュースではロックダウンが1ヶ月以上続く可能性もあり、行動制限などの取り決めも厳しくなっているとのことだ。

そういえばあれからNoahとは話していない。

今ごろはまたロックダウン中かもしれないが、誰か信頼できる人が近くにいるといいなと思う。



私は砂漠のカメを引っくり返して弄んだだけなのか。
それともカメのひとときの話し相手くらいにはなれたのか。


基本的には面白おかしく綴った私のTinderツアーであるが、内側ではずっとこの問いを自分に繰り返していた。

答えはまだ出ていない。