バーチャルTinderツアー2020 Vol.1

以前、仕事でマッチングアプリのリサーチを行っていたことがある。

主な仕事はマッチングアプリのハウツーメディアなんかを作ることだったのだが、実際に1,000人以上の人とマッチして統計を取り、その体験談を記事にしたりもした。

その当時の独り言
「失恋につける薬などない。血を吐けそして立ち上がれ。」


その時にさんざん利用したTinderが現在、世界中でロックダウン下にある人達に向けて「パスポート機能」を無料提供している。(4/31まで)

これは本来Tinderの有料機能で、アプリ上で世界中好きなところに行って、その土地の人とマッチできるというようなもの。

Tinderは本来自分から160km圏内にいる人までしか検索対象にできないが、パスポート機能を使えば世界中どこにいるユーザーであってもマッチングできる可能性がある。

まあ通常時だったら「自分が絶対訪れもしない土地のユーザーと繋がってもしょうがねえじゃん」という人が大半なので、旅行や出張、引っ越しを控えている人が行き先のローカルとつながるために利用したりといったケースが多いと思う。

しかし世界的に皆が

「家から出られない」
「濃厚接触を避けなければいけない」

という状況下におかれた現在に至ってはどうだろうか。

配偶者がいたり子供がいたりする場合、家から出られなくても少なくとも「家族」というコミュニティが崩壊するわけではない。

つまり家から出られないとはいえ、常に1人になるわけではない。
(まあ家族と常に一緒にいることで生じる別のストレスもあるだろうけど)

ただシングル世帯の場合、フィジカルな社交活動が絶たれるということで突然ものすごい孤独に追い込まれる可能性もある。

特に今仕事ができなくなって家にいる人に関しては、毎日仕事もないし友達と出かけるわけにもいかない。

ましてやそのへんで引っかけたりマッチングアプリで知り合った人とワンナイトみたいな淫らな濃厚接触をしようものなら小池都知事が「密です密です密ですゥッッッッ!!!!!!」ってスライディングしてきて次の会見で「出会い系アプリ等を使用しての濃厚接触は自粛して頂くよう要請します」って国民にお願いされちゃってサイト自体が閉鎖に…あれ何の話だっけ。まあいいや。

とにかく単身者がこの外出氷河期を生き抜くためには、人との繋がりが必要なのだ。

オンラインであってもいい。
相手が他人であってもいい。

ちょっと街に出かけていつものカフェの店員さんと世間話をする、みたいな日常に点在する交流が絶たれた時、私たちは飢える。
人との繋がりというものに飢える。

万一そこに失業や倒産といった経済的な崩壊も重なっていた場合、その飢えは深刻に単身者の心を蝕み人生を狂わせてしまいかねない。

そこに着目したTinder、これまでマッチングアプリのパイオニアとして人と人を繋げてきただけあるなってちょっと感動した。

このパスポート機能を使って現在Tinderではユーザーが世界中を行き来し、これまでだったら繋がる可能性がなかったような相手とコミュニケーションを取っている。

それはどうでもいい世間話や生活の愚痴やエロいジョークなんかかもしれないし、その人達はこの事態が収束したら相手のことなんて忘れてしまうのかもしれない。

でもその小さな繋がりが彼らを今この瞬間、生かしている可能性だってある。

私自身はwebメディアという業種柄か、今のところ仕事は減っていない。
でもこれがもし都市の閉鎖的な空間に1人で住んでいて、仕事を失って困窮し、かといって帰省もできなくて、といった状態だとしたら励ましてくれる友達がいたとしても病むと思う。

そして他人との濃厚接触が絶たれるということは、必然的にDatingというアスペクトにも大きな影響を与える。

Datingって日本語においてなんて表現すればいいのかよくわからないが、真剣なパートナーシップに発展する手前の、とりあえずちょっと付き合ってみるみたいな感覚でしょうか。

大人になると「レッツ付き合いましょう」みたいな掛け声とともに恋愛が始まることなどはほぼ皆無で、多くのシングルの人は色々気になる相手とデートしてみたりしているうちに、相性の良かった人と恋愛に発展するのだと思う。

しかしソーシャルディスタンスが生死を分けるみたいな時代になってしまった今、気軽によく知らない異性とデートすることは自殺行為のようにも思える。

これについてはリレーションシップ・エキスパートとして知られるMatthew Husseyが「グローバルパンデミックが恋愛シーンにどう影響を与えるか」という彼なりの見解も語っていて面白かったので、興味がある方はどうぞ。


さて、それではこのグローバルパンデミック下において恋愛は死にゆくものとなるのか?

このご時世に「まあそんな気にしなくて大丈夫だって!オレ絶対感染してないし!ウチで映画でも観ようよ!」と誘ってくる恋人ではない異性からの誘いは確実に断ったほうがいいと思うが
(危険度の問題ではなく、まずあなたのことを軽視しているので)

しかし将来を誓い合ったカップルや夫婦以外は各々1人で生きていくしかないのがこのグローバルパンデミック時代における恋愛の定義となるなら、単身者にとって恋愛は”LOVE OR DIE”くらいの意志で臨む大変な一大事となってしまう。
ましてやポリアモリーなどという概念は狂気の沙汰として、時代の彼方に葬り去られることになるだろう。

いま世界中でZoomを使った集まりが開かれ、フィジカルだったコンテンツもオンラインコンテンツとして配信され、これまでバーチャルだったオンラインという空間が私達の「リアル」に取って代わっている。

それが良い悪いとかはおいといて、ではオンラインで私達はどこまで「出会う」ことができるのか、とふと疑問に思った。

これまで1,000人を超える人とマッチングアプリ上で繋がったが、本来そのコミュニケーションの延長線上にはフィジカルな「出会い」が用意されている。

いわば「出会い」というものはフィジカルに対面してからが「出会い」であり、そこに至るまではどんなにメッセージを交わしても「出会い」ではない。
というのがこれまでの感覚だったと思う。

でも今はどうか。
気になる相手とメッセージや電話を重ねても、いつになれば確実に安全な状況で「出会う」ことができるのかという確証はない。

フィジカルに人と出会った時の、相手の表情や微妙な息遣いや、香水の香りや会話のふとした間や、たまたま触れた手の温度や、相手の足音や目の奥に感じる熱のようなもの。

そういったものがある故にフィジカルな出会いは「出会い」なのだが、ではオンラインで人と人は、どこまでその「出会い」に近づけるのだろうか。

そんなことを思った時ふと、今のような時代にオンラインでどこまで人が相手を感じ、「出会う」ことができるのかを探ってみたくなった。

各国に次々と渡航規制がかかり、リモートワーカーとして世界を旅することが当分は難しい。

私はTinderというパスポートを手にして、これまでとは違うかたちの旅に出ることにした。