まゆみ姉ちゃんのこと

子供のころの記憶が断片的にフラッシュバックすることがある。

この歳になると幼少期の記憶なんて全ておぼろげだが、たまに鮮明に蘇ってきて映画を観ているみたいな気持ちになる。



まゆみ姉ちゃんは実家の数件先の家の子で、私と7〜8つくらいは離れていたと思う。

まゆみ姉ちゃんには障がいとゆうやつがあるらしかったが、子供の私には何のことかよくわからなかったし、ちょっと脚を引きずって歩くのと少し滑舌がぎこちないの以外は、いたって普通のお姉ちゃんだった。

でも友達といるところを一度も見たことがなくて、いつもひとりだった。


私が夏の日に外をうろうろしていると、たまにまゆみ姉ちゃんが「チューペットあげようか」と私を家に入れてくれた。

まゆみ姉ちゃんの家には誰もいなくて、こっそり台所で子供だけでチューペットを食べるのは、なんか悪いことをしてるみたいでちょっとドキドキした。

あまり陽のあたらない台所は私の家よりずっと涼しくて、風が吹き込むたびに風鈴が鳴った。



近所には私と同い年の女の子が2人住んでたのだけど、私はどちらとも馴染めなくていつもひとりだった。

まゆみ姉ちゃん的にも「なんかアイツもいつもひとりだな」くらいのシンパシーがあったゆえに、私に優しくしてくれたのかもしれない。

私の母は日本語のネイティブじゃなく、当時はまだ日本に移住して数年だったので日本語もぎこちなかったと思う。

それは私の発達にも影響していたので、ぶっちゃけ小学校に上がるくらいまでは同い年くらいの子が何を言っているのかあまり理解できなかった。


まゆみ姉ちゃんの言ってることが理解できたのは、彼女が少し年上で、私のわかるようにゆっくり喋ってくれていたからなんだろう。


日本に限らずどこの国でも移民の2世、3世とかの場合、親が子供の言語発達にかなり気を配っていないと「どっちの言語も中途半端」という事態がマジで起きる。

さすがに今の子どもたちにはあまりないかもしれないが…あーでも貧困層とかだったらあるかもね。
こと教育に関しては、世の中って平等ではないもので。



まゆみ姉ちゃんは今は結婚していて、小学生の娘さんがいるらしい。

実家の近くで娘さんといるのを見かけたことがあるが、喋り方も立ち居振る舞いも、あの頃となにも変わってなくてそのまんまだった。

まゆみ姉ちゃんがまゆみ姉ちゃんのまま、お母さんになっていた。

なにも変わっていないように見えるのにどうやら私たちは大人になったらしい。


子供がいなくなったあの静かな台所には、いまは風鈴の音だけが響いてるんだろうか。