大体どうでもいい

夕方に海でフープを回すなどした。

誰もいなくて、風がメッチャ強かったけどそれはそれで気持ちよかった。

最近Cal Newport氏のデジタルミニマリズムメソッドに則って、SNSの利用を大幅に削減してみている。

本当は30日間完全にSNSの利用を断つものなのだが、今回は外出自粛中という微妙な期間ということもあり、条件付きで一部のSNSは利用することにした。

デジタルミニマリズムの実践ではスマホからあらゆるSNSアプリを削除する。

とはいえ私は元々iPhoneにFacebookやTwitterのアプリは入れていないのだが、唯一入れていたインスタも必要ないと感じたので削除した。

インスタで繋がっている友人たちに罪はないが、スクロールし続けて過ぎ去っていく時間に対し得られる対価が少ない。
あとインスタはここ数年でマーケティングツールの要素が強くなりすぎたので、ひっきりなしに流れてくる購買意欲をそそるような写真たちにもちょっと疲れる。

Twitterは今こんな時期なので情報収集用に1日1回だけ開いてよしとしたが、大体どうでもいい情報ばっかなので明日以降はもっと開かなくなるのかもしれない。

自分もこうやって何かしらのかたちでアウトプットしておいてなんだが、SNSにある他人のアウトプットなんて大半がどうでもいい。

もちろんふとした時にとても良いものに出会うこともあるが、そのために四六時中iPhoneを眺めなくてはいけないほど重要なことではない。

私はFacebookを開いても次々と流れてくる他人の投稿にさほど興味がなく、大体自分のページで自分の写真とかを見て「これ写りいいな」とか「この頃やせてたな」とか一人で楽しんで満足して終わる。

たぶん作り手からしたらSNSの使い方を間違っている。

あ、あとここだけの話、何百人もの人とつながってるけど大半はミュートしてる。

ごく身近な人と、なんとなくバイブスが好きな人以外は大体ミュートしてるので誰が何を投稿しているのかも知らない。

でも別にそれで困ったこともない。
そんなもんである。

別に人の食べたものとかどうでもいいし、誰と誰が遊んでるとかパーティだとか旅行に行ったとか、「あなたは知らないだろうけど、こんな問題が起きているのよ」と無差別にぶん投げられた政治的ポストとか、大体どうでもいい。

決して政治に興味がないわけではない。
外国籍で生まれて敢えて10代でこの国のパスポートと参政権を選び、それと引き換えに色々なものを失った私が、政治に関心がないはずがない。

でも「私はTVなんて見ないけど、TVしか見ない人は知らないかもしれないのでこの問題をシェアします」「パニックにさせたいわけではないのですが、いま世界ではひどいことが起きています」
みたいな自己承認欲求を満たすためにされた投稿に、つきあっている暇はない。

インターネットを使えるしPCも持っているし英語も話せますので、自分でニュースや論文を調べますから大丈夫です。

あと身近な友人が結婚したとか子供ができたみたいな状況はSNSを通さなくたって入ってくるし。

そういった連絡をし合わない相手なんて、SNS以前だったらただの疎遠な知り合いだよ。

ただの疎遠な知り合い。

1年に1回会うか会わないか程度の。

SNSによってもたらされたメリットはそういった人達との距離が近くなったことなわけだが、そもそも疎遠だった人たちとは疎遠だった理由があったはずである。

SNSによって「繋がっている」感覚が濃厚になり、疎遠だったことがうやむやになり、まるで友達リストにいる人はみんな同レベルで仲の良い友だちみたいな気になってしまうが、大半はただの疎遠な知り合いであることに変わりはない。

2回程度会ったことがあるだけの女性からインスタのDMで「いまバリにいるんですね、それなら〇〇を買ってきてもらえませんか」と言われたことがある。

私はこの手のDMには一切返信しない。

DMは送りつけるのも自由だが、返信するかしないかも自由である。

面倒な奴らに絡まれたくなかったら、「SNSなんかでは連絡の取れない相手」でありつづけるのが1番だろう。

別に人が嫌いなわけでは全くない。

でも絶えず他人のアウトプットにさらされ続けるこの時代には、「オフラインでも繋がっていたい相手」だけを正しく選び取ることが必要である。

SNSという無差別自意識テロから離れても、対話を続けていられる相手だけを選べばいい。

今は、誰かと文通がしたいなって思っている。


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