何回フラレてもやっぱりバリが好き

ひさしぶりに戻ってきたウブドの家でこれを書いている。
最近は東京都心でほんとに都会から出ない生活をしてしまった。

東京はある意味で快適だ。
どこまでも清潔で、全てがオーガナイズされていて、おせっかいなまでに何もかもが行き届いている。
そんな生活にすっかり慣れてしまった私が今ウブドに行ったら一体どう感じるのか、全く想像もできなかった。

バリは私の人生を何度も変えた場所だ。
ここは決して清潔なんかじゃないし、何も整ってなんかいないし、安全でもなければ快適でもない。

でも20代の時に初めて訪れてから、来るたびにバリは私に不思議な魔法を何度も見せてくれた。
ここで私は大切な出会いを何度も経験したし、必要な別れも経験した。
いろんなことの始まりと終わりが起きるのは、いつもなぜかこの島だった。

バリのエネルギーは強い。
嘘がつけない。
この島にいると、自分の中にあるものが具現化するスピードが早くて早くて、望むものがなんでも一瞬で引き寄せられてくる。

自分の中が整っていれば物事がスムーズに進み良いことだらけだが、ちょっとでも乱れがあればそれがすぐに現実化する。
私にとってバリはそういう場所。

東京にいるとこういうちょっとスピリチュアルな話も、あんましたくないなと思っちゃうんだけど、ここにいると認めざるを得ない。
近年のウブドはもはや、カオスと信仰心がごちゃまぜになったスピリチュアルとニューエイジカルチャーのメッカだし。

たぶんウブドが1番面白かった時期みたいのはもうとっくの昔に過ぎていて、今はとにかく雑多な観光地になってきてはいるのだけど。
それでも夕方のヨガクラスを終えて暗がりにゲッコーや虫の声を聞きながら歩いていると、ああ、この空気感。
変わらないバリの匂いにキュンとする。

久しぶりにここに来ると、とにかく全てが東京と違い過ぎて大体ア然とさせられる。
この土地の空気に馴染むまで、都会で背負っていた色んなものを手放すまでは、何かとバリの激しさに翻弄されるしすごく疲れるのだ。

家のシャワーは当たり前のように壊れててお湯出ないし、大家に直してもらおうにものんびり過ぎて3日かかるし、と思ったらエアコンも壊れたし…。

バリ人は約束なんて守らないし、するって言ったことをしなかったとしてもそれが当たり前くらいの感覚だし、すぐ戻るねって言って2時間待たされるなんて普通だし。

家には勝手に野良イヌネコ入ってくるし、誰も交通ルールなんて守らないからバイク運転するときは命がけだし、基本どこもかしこも虫だらけだし。

デメリットを挙げるとキリがない。
それなのに何故、私は何度も何度もここに戻ってきてしまうんだろう。

それはやっぱり、この島にいる荒削りで激しくて得体の知れない何か大きなスピリットのようなものを、全力で信頼しているからなんだと思う。

私は普段スピリチュアルな話をするのが嫌いなのだが、それは神秘的なものを信じないからではない。
むしろ逆だ。

私の母方の家系は代々祈祷師で、母も兄もメチャクチャな憑依体質で子供の頃の我が家はそれは大変だった。
私が表立ってスピリチュアルな話をしたくないのは、それが当たり前に存在するもので、エンタメ的に語られるものではないという意識があるから。

バリのスピリットは、どこよりも強く私を導いてくれる。
それが何なのかはよくわからないけど、私はこの島に来るといつも「導かれている」って感覚を感じるのだ。

ヨーダがいるから…?
関係ないですね、はい。
これYoga Barnにいるんですよ、なぜか。

バリってこういう、精霊とかちょっと怪しい妖精的なモチーフとても多いよね。
それがすごい苦手っていう人もいるけど、私はなんか好き。

何もかもが完璧でないバリでは、自分が完璧さを求められることもない。
それに気付いた時、ああだからラクなんだなと分かった。

日本みたいにオーガナイズされてないし疲れるのになぜか気持ちがラクなのは、誰も私に小綺麗で完璧でいることを求めていないからなんだろう。
私がクソダサい格好してようが、時間を守らなかろうが何かに失敗しようが、誰も気に留めてない。

着いたばっかで自分の家の場所が分からなくなって近所のおばちゃんちに「Wi-fi貸して」って押しかけても、「マンゴー食べる?水飲む?リンゴもあるけど」って受け入れてくれる懐の広さがここにはあるんだよなあ。

知らない地元の兄ちゃんに道端で話しかけられ去り際に「あ、コレあげる」って渡されたピーナッツの小袋を見つめながら、バリの夜を噛み締めている。