これからのこと

だいぶ前、といっても去年の夏くらい?

たまたま出くわした高校時代の友人に、開口一番くらいで

「ねえ結婚しないの?子供は?どうするの?」

と聞かれたことがあった。


今考えれば失礼極まりないし、久しぶりに会った友人にまず他に聞くことはないんかい、とブチギレ気味に喚き散らすのが正しい対応だったと思う。

しかし咄嗟のことに呆然とした私は、「ああ〜…まあ、予定はないかな…」とボンヤリとした情けない答えを返してしまった。

そこに生まれたばかりの第2子を抱っこした彼女の夫が現れ、あろうことか「子供はいいよ、産んだほうがいい。俺らは少子化に貢献してるんだ。」とさらにまくしたてる。


そそくさとその場を離れ、「な…なんか結婚して子供産んだほうがいいって言われたんだけど…」とアラフォー独身な別の女友達に告げたところ、
「ハア?何それクソじゃん。」と一掃。


うん、そうだよな、そうなんである。

結婚だの出産だの、本来誰もに選択の自由が許されているはずの問題について価値観を押し付けるとか、それで生産性を測り他人をジャッジするなんてクソ極まりない行為なのである。

「こどもを産めない同性愛者の人は生産性がないので」とのたまったことで有名な、あの女性議員と同列である。

でもあの頃はなんだかそれが、はっきり言えなかった。


30代半ばになって結婚せず子供がいないと、割と頻繁にこういう目に遭う。

「子供早く産んだほうがいいよ」
「なんで結婚しないの?」
「結婚するって幸せだよ〜!」

まあ言ってる側は悪気がないことも多いが、私はこれを「ママハラ」と呼んでいる。



私がもし妊娠しない体だったら?
そもそも異性愛者ではなかったら?
子供が産める異性愛者でも、ただ結婚したくないと思っていたら?

人が結婚しない、子供を産まない理由なんて100人いたら100通りである。

その中には「したいけどできない」という類のものもあるかもしれないが、そもそも結婚というシステムに魅力を感じていない人だっている。


いいから黙って、想像力を持て。

そして時代についてこい。



この年で結婚・出産していないとなると、なぜかママハリストたちは「したいのにできてない人」という前提で話を進めてくる。

ううむ。

そんなにしたかったらもうとっくにしてるのではないか。



この感じがわからない人は、佐久間由美子さんの「ピンヒールははかない」でも読んでみてほしい。

NYでシングルライフを送るライター佐久間さんのエッセイなのだが、広い世界ではいかに「結婚&出産」以外の選択肢を謳歌している人種がいるのかがよくわかる。

家庭をもつことの幸せや苦労を我々独身たちが知る由もないように、30代や40代で独身でいるという選択肢には、既婚者たちの知り得ない世界が広がっている。

別にどっちがいい悪いという話ではない。

ただ独身生活がみじめなものであるかというと、案外そうでもないんだよね。

いまどきのシングルライフにあるのはとんでもない自由と、耐えられるレベルの孤独である。

それ以上でもそれ以下でもないよ。



絶対に嫌だとまでは言わないが、そもそも私個人は結婚という制度自体の意味がよくわからないし、あんまり興味がないのである。

子供についても、こんなに世界中でどんどん人口増やしまくっているうえに長寿すぎる先進国に生まれて、別に必ずしも私が産む必要もないんじゃないのと思っている。

簡単な話ではないが、家族を増やしたければ養子という選択肢だってある。

これ言うと大体キ○ガイを見るみたいな目で見られるんですけどね。

いやもちろんしたい人はすればいいし、それで得られる幸せも大きいだろう。


でも本来我々には、人生を選ぶ自由があるのである。

パートナーでも養子でも、一生大切にすると決めた人をそれぞれが大事にすればいい。

もちろん1人でいることを選んだっていい。

血の繋がりとか戸籍が一緒であることとか誰かと住居をともにすることとか、なんでそんなに重要なんだろうか。

そんなのどうせどっかのおじさんが決めたロマンみたいなもんじゃないの…?
絆ポルノみたいなさ。



そんなことを常々思っていたら、ここにきて多様化まっしぐらの2020である。

世界じゅうに広がったコロナアポカリプスが浮き彫りにしたのは、ウイルスのことだけではない。

フラストレーションが最大限に高まった社会で表面化してきたのは、人種や性別に関する差別、貧富の差、政権の抱える問題など、これまでもずっーっと水面下にあったけど直視されてこなかった人間社会の問題だった。


いつの間にか「声をあげること」は当たり前になり、同性婚だろうが夫婦別姓だろうが混血だろうが移民だろうが、マイノリティ〜がなんぼのもんじゃいという風潮が、この島国日本でも少しづつできあがってきたなという実感がある。


あ〜 あの時すでにこういう感覚ができあがっていたら、私に「結婚しないの?」って聞いたあの子にも

「結婚?なにそれ食えんの?」
ってスルーしてテキーラ注いで立ち去るくらいはできたかもね。

授乳中は酒も飲めまい、はっはっは。


私は今後10年とか20年とか、どれくらいかかるかはわからないけど、未来の世界では「婚姻」ていうシステムはなくなると思っている。

このまま多様化が進めば「パートナーシップ」というもののありかた自体が問われるようになってくるので、
これまでのようにパートナーシップ=1対1で男対女、家族=母親&父親&子供をスタンダードとする概念自体が変わらざるを得ないと思う。


パートナーシップは「いたい時にいたい人といる」という意味合いに変わり、人々は性別や血の繋がりを問わず家族(共同体としての)を形成するようになり、
「パートナー」が1人である必要もなくなる気がしている。

モノガミーとかポリアモリーという言葉の意味は曲解されがちだが、私はわりとポリアモリズムを信じている。

そもそも人間は動物学的に言ったらmonogamy animalではないはずなのである。

深い絆があるからといって、永遠にその人だけを愛し続けるのが美徳だなんて不自然だ。


いたい時にいれるタイミングで、自分の好きな人たちと一緒に生きる。

ママが3人に子供が1人でも、パパが2人に子供が3人でも、子供がいないカップルでもトリプルでもなんでも。

そこに愛があるんならもうそれでいいじゃないか。

それがパートナーシップの概念になっていくといいなと思う。

国によってはその感覚がずっと進んでいる。

日本は色んなことがスローだけど、私より年下の世代ってもっともっとナチュラルに自己価値が高くて、多様性を受け入れない理不尽さに対して「ハァ?」って言える感覚を持ってると思うんだよね。

だから未来は明るいんじゃないかな。


みんながもっと軽く、好きなように、それぞれのスタイルで一緒に生きる。

私はその時代にシングルで生きてみたいなあと思っている。

絶対楽しいから。