私の美しさときたら

マスクが似合わなくて困る。

何をどう考えても不自然だ。

あと私は美人なので、こんなショボい布切れで私の顔面を隠さなければいけないのはとても悲しい。

他人に何が見えてるかなんてどうでもいいが、鏡を見た時にマスク姿で目しか出てない自分の姿を見るたびにちょっとショボンとする。


私は美人なので、って言うと世のルッキズム警察の皆さんが

「てめえ平民のくせに何ナメたこと言ってんだコラ逮捕すんぞ!!!!!」って激おこになられると思うのですが

だーーーーかーーーーーーらーーーーー

そういうことじゃないんだってば。


そもそも世の中に造形がブスという人は存在しない。
と私は思っている。

別に「自分のことブスなんて言わないで!前向きになろっ(はあと)」みたいなことが言いたいわけではない。

あなたが自分のことをブスだと思ってようが美人だと思ってようが、私には一切関係がない。

それと同時に私が私のことを美人と思っているかどうかは、あなたの価値観に由来しない。

私が自分のことを「美しい」と表現するとき、それは私個人の美の価値観に基づいている。

自分以外の誰かの思う「美人とはこんな外見」という価値観などに1ミリも耳を貸す気はない。

目が大きいほうがいい
ウエストは細いほうがいい
肌が白いほうがいい
髪はまっすぐなほうがいい
脚は細くて長いほうがいい
顔は小さいほうがいい

私達は赤子の頃は、みんなアンパンマンみたいなコロコロふわふわした丸い塊である。

丸い塊が転がってるだけでも「かわいい、かわいい」と絶賛されるのに、いつからか人は「外見はこうあるべき」という見えない圧力にさらされ「自分は美しくはないかもしれない」という疑念を抱き始める。

でも美の価値観なんて、人類史を俯瞰して見てみればいかに流動的であるかがわかる。

昔の春画に出てくる女性はぽっちゃりふくよかで、細い目に下ぶくれな顔をしている。

多くの画家が春画というセクシャルなジャンルでそのような女性を描いたということは、その外見が魅惑的で美しいとされていた、ということだろう。

この10年でだって社会における美の定義はどんどん変化している。

ちょっと前はガリガリに痩せててスキニーな女性が良しとされていたのに、近年はハイファッションの世界でも「健康的な体型」のモデルを起用するようになり、ここ2〜3年ではプラスサイズのモデルさんもよく見かけるようになった。

私はErika Lustというスペインの女性ポルノ監督の大ファンなのだが、彼女の作品にはあらゆる人種・年代・ジェンダー・外見の俳優たちが登場する。

その中でもHeidi Switchちゃんという女優さんがいるのだが、この彼女が爆裂かわいい。

Heidiはぽっちゃりを通り越してドーンと存在感のあるボリュームバディなのだが、そのお腹のタプタプもなんだか触ったら気持ち良さそうだし、ふわふわとした天使のような空気感、愛らしい表情、何をとってしても彼女は「カワイイ」のである。

世の中が良しとする、多くの女性がそこに沿うために必死になって戦っている「美の基準」になんて全く沿っていないのに、Heidiはめちゃくちゃカワイイ。

「私なんてブスだから」という人は、私から言わせたら単に美の基準がロンパっているだけである。

流れ行くインスタフィードに出てくる「キレイな女の子」の写真が、なんのために作られているか考えたことはあるか。

あれは大半が「モノ/サービスを売るため」でしょ。

キレイな写真に当てはまっているキレイっぽい女性に、何千人もが「いいね」してる。
あらっ、よくみたら私の気になるあの彼も「いいね」を押してる。
そっか、こういう外見が私のあるべき姿なのね。
なになに、このエステに行くと1ヶ月でサイズダウン、このモデルさんも利用中、予約はこちらから…


私達が「世間一般の美の基準」だと思ってる価値観なんて、こうやって捻じ曲げられて作り込まれた中身のないものばかりである。

本当は誰も「ウエスト5○cm」や「くっきりハーフ顔(なにハーフって)」や「はかなげ華奢体型」が自分にとって美しいかどうかすら、考えたこともないんじゃないの。

他人の外見についてあーだこーだ言う人は、大体において本人がその「他人から与えられた美の基準」から自由になれずに苦しんでいる。

「私はこんなに苦しんでるのに、痩せてもいないし二重でもないコイツが大手を振って歩いてるなんてゆるせない!ブス!ブス!あんたはブスよ!!!」

というのがルッキズム警察の皆さんの本心だと思う。

でも残念ながら、私の世界において私がブスかどうかは、私の美の基準にかかっているのである。

てめえの意見なぞ求めた覚えはねえ。

他人の美の基準から解放されてしまった人というのは、どんなヘイトコメントも「聞いてもいないのに降ってきた他人の意見」でしかない。

夕立ちのごとく降っては通り過ぎていくのを見送るだけである。


早くマスクが要らなくなる時がやってきて、私が私の美しい顔をいつも感じていられるようになればいいな。